本物に触れる体験を重視する、「アクティブ・ラーニング」を実践
鷗友学園の校訓は、「慈愛(あい)と誠実(まこと)と創造」。「慈愛」は相手を尊重し共に成長する力を、「誠実」は自らを見つめ意欲を持って学ぶ力を、そして「創造」は、自由な発想で新しいものを生み出す力を示しているという。教育の根本として大切にされてきたのが、学園の基礎を築いた市川源三が説いた「女性である前にまず一人の人間であれ」との教えだ。良妻賢母が当たり前だった時代に、生徒一人ひとりの可能性を引き出し、社会に貢献できる能力を伸ばしていく「女子教育」を掲げていた。
そんな同校では、創立時から、生徒が主体的・能動的に学ぶ授業、すなわち現在でいうところの「アクティブ・ラーニング」が展開されてきた。なぜなら、“本物の学び”というものは、一方的に教えられて身につけるものではなく、自ら考え、自らの身体を使って体験しなければ身につかないからだ。
たとえば、校内にある農場で行われる「園芸」の授業は創立時より続く独自の教科で、中1で週2コマ、高1で週1コマの必修科目となっている。仲間と汗をかきながら、土に触れ、日々世話を焼き、植物が生長していく様子を体験するだけでなく、植物の構造を学ぶ(理科)、収穫して調理して食する(家庭科)などにも結び付けた総合学習へと発展させている。新型コロナウイルス感染症の流行により、全国一斉休校となった際には、必要な教材を生徒全員へ発送し、本格的なオンライン授業を開始したという同校だが、この園芸では、各家庭にラディッシュの栽培キットを発送し、生徒たちはそれぞれ種をまき、間引きなど栽培方法の動画を視聴しながら自宅で育てたという。
「中高6年間のカリキュラムは、学校生活のすべてで構成されると考えています。実技や学校行事、部活動はもちろん、生活指導やキャリア教育、さらには友達との他愛もないおしゃべりまで、成長につながるあらゆる体験ができるのが学校のあるべき姿。コロナ禍だからといって、その学びを止めることはしたくないのです」と校長の大井正智先生は語る。
自己を見つめ、探究する楽しさを知る、成長段階に合わせた宿泊行事を設定
学校行事もできる限り実施する方針で進められてきた。緊急事態宣言下のタイミングでは、混雑を避けるために、それまでの17時半から16時へと下校時刻を早めたが、1コマ50分間の授業を40分間に短縮することで、クラブ活動の時間も確保した。「授業時間を短縮しても、カリキュラムに遅れは出ませんでした。たとえば理科では、実験前に仮説を立て、実験後に考察をするのが本校のやり方ですが、そういう流れも簡略化せず行いました。不自由な状況であっても、自分たちの行動次第でやりたいことはできるということが、生徒たちは分かっているのです。いつも授業中は明るくにぎやかですが、“やるべきときには”という切り替えが効くのが生徒の長所です」(大井先生)
より実施が難しい宿泊行事も、実施時期を変更するなどで対処した。鷗友に入学した中1生にとって最初の宿泊行事となるのが、長野県の追分山荘での「山荘生活」だ。入学したての新入生がクラスの仲間と友情を深める大切な行事となっている。例年2泊3日で実施されるが、この2年は日帰りに切り替えて行った(今年度は1泊で実施)。修学旅行は、中学では3泊4日で沖縄に、高校では4泊5日で京都・奈良に向かうが、こちらはフロア貸し切りや分宿など、密を避ける工夫を徹底して、例年どおりに行われた。
「本校の修学旅行は、単なる思い出づくりの行事ではありません。戦争の記憶が薄れる時代に育つ生徒たちに、戦争の歴史を肌で感じ、平和について考える。さらに、自己を見つめ、自分には何ができるのかを考えさせます。だからこそ、感受性の高い中学時に行かせたいのです。一方、高校では京都・奈良を据えているのは、教科学習で蓄積した知識をもとに、自分ならではのテーマを見つけ探究するため。学びを深めるためのスキルを習得した高校生だからこそ現地に行く価値があります。ともに、時期をはずせない学び。だからこそ、中止にはできないのです」(大井先生)
今年度も、同様の配慮を行い、例年どおりのプログラムの実施を目指している。
困難な状況でも前向きに。ICTの活用が、自主的な学びを促進させる
本物に触れる体験型のカリキュラムは、生徒が主体的に学ぶ姿勢をもおのずと育てられる。その流れを促すために、ICTの活用も積極的に進めてきた。7年前には全教室にプロジェクターを設置し、翌年には校内Wi-Fi化するとともに、中学生は学校が貸与するタブレット端末を学習に生かす一方、高校では各自所有のデバイスを活用するBYOD(Bring Your Own Device)の導入に踏み切った。
こうした “備え”は、新型コロナウイルス感染拡大以降の学校生活にも効果を発揮している。一斉休校時には、双方向の講義のみにこだわらず、動画配信や課題を与えて提出させるなど、各教科の教員が、教科の特色に合わせた方法でオンライン授業を成立させた。結果、「生徒のICTスキルも格段に上達しました」と大井先生は話す。
その成果が顕著となったのは、オンラインで開催されることになった学園祭だ。多くの学校がそうであるように、鷗友生にとっても学園祭は一大行事。緊急事態宣言下で中止が危ぶまれるなか、有志によるサイバーチームが特設サイトを立ち上げてオンラインでの開催を実現させた。授業に、課題に、部活動にと、忙しい鷗友生たちにとって、一斉休校時に体験した「集まらずにものごとを進める」スキルは好都合であったようだ。ZoomやClassroomといったアプリケーションやサービスを使いこなして、会議や情報共有、動画作成などの作業も例年以上に、効率良く進められた。加えて、「展示スペースや開催時間の割り振りなどの制限が緩められるので、小規模の出展が多くできる」「動画配信を意識した新しい取り組みができる」と、“前向き”な意見も多く出たという。現在、受験生に向けた学校説明会ウエブサイトで人気を集めている「お茶会ラジオ」も、その発端は中2生有志による学園祭での “ラジオ番組風”の動画配信だ。
ポストコロナの時代に向けて、ICTの活用が加速するなかで、「ツールとして使いこなす」高校生の成長を目の当たりにして、今年度からは、前述のBYODを中学でも導入する運びとなった。低学年での活用に対しては、リテラシー面での懸念が伴うが、同校の場合、頼りになるのが上級生の存在だ。「すでに導入当初から、高1生に向けて上級生が活用方法やリスクを啓蒙するプログラムがあったのですが、加えて今春は、高2生の有志が、中学生に向けてのマニュアルを作成してくれました」と、大井先生が取り出したのが、B5サイズの冊子「BYODのすすめ」だ。活用方法はもちろん、依存症やSNSでのトラブル回避など、当事者目線でのノウハウが簡潔にまとめられている。YES・NOで答え「BYOD生活」への姿勢を診断できるチャートや、使わないほうがいいランキングなど、楽しませる工夫もされている。
中学では3日に1度の席替え。臆することなく意見交換ができる環境をつくる
特筆すべきは、これらの主体性を感じさせるエピソードの多くが、特別な委員会などでなく、その都度「有志」によって実行されていることだ。その理由について大井先生は、「横の人間関係で培う「共感の蓄積」が女子の成長には不可欠。中学では3日に1度の席替えを行っていますが、その狙いは“仲良し”を見つけることではなく、誰とでも意見を出し合い、折り合いをつけながら問題を解決するセンスを磨くため。だから本校の生徒は、意見を出すことを恐れません。そして、一人が声を上げると、賛同者がすぐに協力してくれる。そんな土壌があるからこそ、生徒主体の学校生活が実現できるのです」と結んだ。