
30年にわたる学校改革の成果を、ブラッシュアップさせる使命
東京大学49名をはじめ国公立大学に162名、医学部医学科に146名──。都内屈指の男子進学校として知られる海城中学高等学校では、例年に勝るとも劣らない輝かしい大学合格実績を打ち出している。
同校がここに至るまでには、30年以上にも及ぶ大規模な学校改革があった。大きな転機となったのは、創立100周年を迎えた1990年代初頭、当時からすでにトップの進学校として頭角を現していた同校だが、ある東大のサークルの調査では「留年した生徒の出身校ランキング1位」という、不名誉な結果に甘んじることとなった。
大学進学だけを目的とした詰め込み型指導の限界、学力の伸度のみをめざすスパルタ的な指導への反省、それに伴う危機感を踏まえ、人としての成熟を重視する教育へと大胆にかじを切ったのだ。改革は10年単位で着実に進められてきた。
1990年代にはまず「人格形成」を核とする教育を明確にし、ディスカッションや表現の機会を増やすべく授業の見直しを行った。2000年代に入ると、演劇の手法を用いたコミュニケーション教育「ドラマエデュケーション」や、自然のなかで仲間と協力して課題に挑戦する「アドベンチャープログラム」といった体験型・探究型学習を導入した。
2010年代に入ると、国際教育の強化に注力。英語によるディスカッションや発信型の授業、海外大学への進学サポートの整備など、生徒の視野を世界へと開く体制を整えてきた。2021年には最新設備を備えた「Science Center(新理科館)」も完成し、高い評価を得ていた理数系教育を環境でも充実させた。
時代の一歩先をいく学びを次々と形にしていく姿勢は、常に教育業界の注目を集めてきたが、本校の改革に一貫して流れるのは、「学力だけでなく、人間としての総合的な力」を育てるという理念だ。2023年に校長に就任した大迫弘和先生は、海城が育てる「新しい人間力」と「新しい学力」を、「海城知」という言葉で表現する。
「校長職を引き受ける前から、私は海城の学習指導体制が非常に高い完成度に達していることを知っていました。そこに至るまでの先生方の熱い思いと、その実現に向けた創意工夫を知れば知るほど、確かな土台が築かれていると実感しています。私の役目は何かを変えることではなく、30年かけて築かれたものを磨き上げること、時代の変化に応じてブラッシュアップしていくことだと考えています」(大迫先生)
教師が授業に注力できる環境を整え、より充実した学びを
大迫先生がまず評価したのは、授業の質の高さだ。知的な刺激を多く与えることで、生徒たちは考える楽しさに気づき、自ら学びに向かう──、そんな授業を目指し、日々の準備と工夫を惜しまない教師たちの姿勢が、教科を問わず随所に見られるという。「担当する教科ごとに先生方が学び合い、中長期的なカリキュラムと指導方針を練り上げる体制があるのもすばらしい。たまたま面白い授業をする先生がいて、その教科が好きになる生徒が増えるというような、一過性の現象にとどまらない教科としての土台がつくられているのも本校の強みだと感じます」と大迫先生。ある教科の試みが効果を上げたと聞けば、他教科の教師の刺激にもつながる。教科の枠を超えてテーマを横断的に捉える教育も展開されており、生徒の学習意欲を高めるための取り組みはさらなる進化を遂げている。
「質の高い授業を提供できる体制はすでに整っている」と確信した大迫先生は、教員がより授業に集中できる環境の整備に取り掛かった。特に重視したのが、生徒の支援に関する体制の強化だ。たとえば、それまで週4日勤務だったスクールカウンセラーを常駐させるなど、相談室の使いやすさを整えた。心理的なサポートが必要な生徒への対応がしやすくなったことはもちろん、日常的に生徒と関わる担任や教科担当だけでは抱えきれない課題にも、多面的な視点から解決策を見いだすことができる。国際教育に関する問い合わせや相談が年々増えている現状を受けて、2024年度には、留学や海外大学への進学希望者をサポートするためのガイダンスカウンセラーを採用し専門部署も設置した。「教員が、専門スタッフと協力しながら生徒を支えていく。そんな体制の構築を始めています」とのことだ。
また、2023年度からは、生徒の視野をさらに広げ、社会の一員として自分に何ができるか考える力を育むことを目的とした「海城学術顧問」制度もスタートした。社会活動家としても知られる歌手の加藤登紀子氏、劇作家・演出家の平田オリザ氏といった各界の第一人者による講演やワークショップ、対話型セッションなど、生徒と直接向き合う場を設けている。最近では、国連大使・外務事務次官などを歴任した元外交官の小和田恆氏が法学部や外交官をめざす高校生に対して、『外交とは何か』をテーマに講演を行った。
「受け取るもの、感じるものは、生徒一人ひとり違っていて当然。それがいいのです。大切なのは、それぞれが『社会のためになにをすべきか』を意識して学校生活を送ることです。私たちがめざすのは『最高峰に立つ』ための教育ではありません。多様な稜線を持った連なり──それぞれの頂が個性を放つ八ヶ岳を望むような生徒一人ひとりの進路を個別に後押しする教育を実践したいのです」と大迫先生は力強く語った。
学びの深さが未来を変える、探究型学習と全人教育が海城の強み
文部科学省の国際バカロレア日本アドバイザリー委員会委員などを歴任し、国際バカロレア教育の第一人者としても知られる大迫先生は、「国際バカロレアの使命は、よりよい、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成です。探究学習と全人教育を本質とすると海城の教育理念と通じるところがあります」と説明する。
30年以上かけて進めてきた学校改革には、英語教育や国際教育の充実を実現している。たとえば、中学では歌やスピーチ、ディスカッションなどを通して、楽しみながら英語4技能をバランスよく伸ばす授業を展開。近年はICTを駆使した発音・リスニング指導や、AIの活用も進み、学習効率も高まっている。また、希望者を対象とした海外研修も充実している。こうした取り組みの成果として、国際科学オリンピックや模擬国連で活躍する生徒も増えている。
とはいえ、大迫先生は「海外大学に進学する生徒も年々増えていますが、その実績で海城を評価してほしくはありません」とひと言。東大や医学部を凌ぐ進路として海外大学への進学実績が取り上げられる風潮には、「発想が何ひとつ変わっていない」と警鐘を鳴らす。「真のグローバル教育とは、多様な文化を理解し、互いを尊重し合う精神を養うことです。大切なのは、どこに行くかではなく、何を学びに行くのかであり、海外に出ること自体が目的になってはいけません。海外進学への動機が明確であれば、学校としても全力で応援できますし、そのためのサポート体制も整っています」(大迫先生)
学術系オリンピック、俳句甲子園など生徒がさまざまに活躍
近年は、生徒たちの活躍も目覚ましい。地学、天文学・天体物理学、数学をはじめ、学術系オリンピックでは、メダリストを輩出する常連校となっている。一方、生徒主体の学びの場である「KSプロジェクト」では、俳句甲子園やデザインコンペへの参加など、分野を問わず自発的な挑戦も目立つようになった。チームで参加する場合は、先輩・後輩で組むことも多く、縦のつながりが自然に育まれ、おのずと活動が受け継がれていく土壌ができているのも特徴だ。
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昨年は高校サッカー部が東京都大会に進出し、強豪校を制してベスト16入りを果たした。スポーツ推薦で選手を集める学校も多く参加するなか、練習時間などの制限を設けられている進学校の活躍は、まさに“快挙”といえるだろう。「勝ち進んだことを誇らしく思わないといえばうそになります。でも、それ以上に、瞬時に判断し、仲間と協力して局面を打開する力、相手チームの選手や審判、観客に敬意を払う姿に、海城がめざす“新しい紳士”が育っている手ごたえを感じられたことが嬉しい」と、大迫先生は温かな笑顔を見せた。

詩人でもある大迫先生は、「言葉の力」で海城生の知的好奇心や感性といった内面的な豊かさを育もうと、式典や朝礼などで、自作の詩を朗読している。「言葉が心に届いた」という感想を寄せてくれる生徒もいるそうだ。生徒の反響を受けて、「保護者にもそういう機会がほしい」との要望があり、保護者を対象とした朗読会も開催され、好評を博しているという。
君は知的であり
身体的であり
そして何より人間的である
君は躊躇(ためら)わないだろう
目の前の人たちを救うことを
君は挑むだろう
未来の危機に
だれよりも勇壮に
これは、大迫先生が入学式で生徒に贈った詩「海城知」の一節だ。
自ら課題を設定し、解決へと動き出せる学力と、世界と協働しながら未来を切り開く人間力を養う。いつの時代も「国家・社会に有為な人材」を育てるため、進化を続ける海城の未来に、これからも期待が寄せられることだろう。