キャンパスに畑のある学校。「園芸」は創立以来の必修科目
1935年、東京府立第一高等女学校(現在の都立白鷗高等学校)の同窓会・鷗友会によって設立された鷗友学園女子中学高等学校。初代校長として学園の礎を築いた市川源三は、良妻賢母主義が当たり前とされた時代に、『女性である前にまず一人の人間であれ』と諭した。その教育方針は今なお受け継がれ、「慈愛(あい)と誠実(まこと)と創造」の校訓の下、国際社会で活躍する女性の育成を目指し、さまざまな取り組みを実践している。
体育でのリトミックや創作ダンスの導入、コミュニケーション力の養成を図る「アサーショントレーニング」、オールイングリッシュで行う英語の授業、個人所有の端末を使うBYOD(Bring Your Own Device)を導入してのICT教育などなど。女子の特性に配慮しながら、その能力を最大限に伸ばす教育を目指す鷗友学園では、“時代の先駆け”となる教育プログラムを積極的に導入してきた。
そんな同校が創立当初から続けているのが「園芸」の授業だ。世田谷区の閑静な住宅街に位置するキャンパスには、約450㎡の畑(園芸実習園)があり、中1で週2コマ、高1で週1コマが必修科目となっている。
生徒一人に割り振られるのは50×70cmの畑地。5月中旬、中1の授業では、ラディッシュが収穫の時期を迎えていた。入学後、初めての実習授業で種をまいてから約1か月。青々と茂った葉のつけ根には、赤い球体が頭を出している。「後から植えつけたツルナシインゲンを間違えて抜かないように」「収穫した株を踏まないように、手前にまとめて置きましょう」。屋根付きの作業場で、注意事項を聞いた生徒たちは「待っていました」とばかりに畑に移動する。「これだよね?」「上手く抜けた?」。区画が隣り合った友だちと抜いた株を見せ合う。
出来栄えや収量に多少の差はあるものの、初めての収穫に誰もが笑顔に。掘り出してしまったイモムシをどうしたものかともめているグループもあり、とても賑やかだ。収穫した野菜は家庭に持ち帰って食すが、今回は特別。「一人一つのみ、洗って食べてよし」とのことばを受け、採りたての味をかみしめた。
買って食べるだけではわからない、社会が抱えるさまざまな問題
中1が1年間で栽培する野菜は、ラディッシュのほかにも、ツルナシインゲン、ホウレンソウ、ベンリナ、チンゲンサイ、ブロッコリーとバラエティーに富んでいる。このほかに、花物を2種。押し花やクリスマスリースなどの製作や花壇設計なども学ぶ。「ひと言で野菜と言っても、果菜、根菜、葉菜、花菜と食す部分はさまざまで、その特性によって育て方や手間暇も異なります。それを一通り体験できるよう、年間を通じて綿密な栽培スケジュールを立てています」と話すのは、園芸の授業を担当する金井一成先生だ。
今も多くの小学校では、理科教育の一環として、アサガオやホウセンカ、ミニトマトといった植物の栽培を経験させていることだろう。とはいえ、専用の容器と培養土を用いて、夏休み明けまでに一つの種類を育てるのと、1年を通じて、畑でいろいろな作物を育てるのではわけが違う。「一つの作物を収穫して空いた場所には、次に収穫する作物を植えますが、そのためには、先の収穫のタイミングを見計らって、次に植える植物の種をまいて苗を育てておかなければなりません。季節や天候を気にしながら、計画的かつ並行していくつかの作業を進める。園芸は“段取り”を学ぶには、打ってつけの体験学習です」(金井先生)。
もちろん、野菜という「命」を育てる行為を通じて、慈しみの心や責任感も芽生えることだろう。その一方で、収量を上げるためには、間引きや害虫駆除といった「命」を奪う作業も伴う。店頭に並ぶ野菜からは伝わらない、「命」について考えるきっかけが畑で育てた野菜にはあるのだ。「なかには土をいじった経験がほとんどない生徒もいるので、そういう生徒にとっては、土の中から虫やミミズが出てくることさえ恐怖です。その一方、出てきた生き物を平気で手に乗せられる生徒も、『害虫だから殺す』という行為には戸惑いを隠せません。発芽した後の間引き作業も、『もったいないから』と躊躇すると、結局、どの株も健やかに育たず、『もっともったいない』結果になったりもします」。このようなさまざまな経験を、小さな畑が与えてくれるのだ。
園芸の授業をきっかけに、環境問題や社会問題へと目を向ける生徒もいる。収量を上げ、病害虫が付かないようにするには化学肥料や農薬を使えばいいが、それらは健康被害や環境破壊につながる要因にもなる。さらには「生産者の苦労」を知ることで、「農業人口の減少」「農産物の適正価格」「流通コスト」「食料自給率」などにも関心は広がる。それらの“気づき”は、理科や社会、探究学習といった、他教科への意欲にもつながることだろう。
高校では農学分野の内容にも触れ、他教科との合科授業も
他にも教科としての園芸が生徒たちに与える影響の大きさは計り知れない。「発芽して、本葉が出て、伸びて、花が咲き、実がなる」。その変化を日々観察することは、当然ながら、科学的な興味を引き出す。観察力を養うために、園芸科では植物のスケッチも課題の一つだ。中1の各教室には季節の切り花が置かれていて、生徒たちは空き時間にそれらを観察し、写生とともに名称や分類、特徴などをまとめて提出する。時には生物のテストでそれらの花が出題されることもあり、生徒たちからは「こんなところから出題されるなんて思わなかった」と、悲喜こもごもの声が上がるとか。
さらに高校では座学も増え、バイオテクノロジーや農薬、肥料、繁殖など、農学分野の内容にも触れる。また、時事的なテーマを立て、理科や社会、家庭科などの他教科との合科授業も展開している。「複数の教科の教員で話し合い、投げかける問題を準備しますが、生徒たちから毎回、私たちが思いもしなかった意見が飛び出し、生徒の視野がいかに広がっているのかに驚かされます」と金井先生。それらを機に、農学や環境系学部への進路を決める生徒も少なくないという。
“思いどおりにいかないこと”を共に経験することで育まれる人間力
アクティブ・ラーニングということばが浸透する前から、生徒が主体的・能動的に学ぶ環境を整えてきた同校。もちろんアクティブ・ラーニング型の授業を成立させるためには、生徒一人ひとりの発信力や、意見を出しやすい環境づくりも欠かせない。その点、鷗友生は「自分の意見をしっかりと伝え、異なる意見に耳を傾ける」ことが上手だ。だから成り立つ。
同校のユニークな取り組みの一つとして紹介されることも多い“3日に一度の席替え”には、女子が好む“小さな集団”を「ゆるく他の集団とつなげることで、メンバーが入れ替わっても成立する関係を築かせる」という目的がある。そんな背景を知ると、共に汗を流し、泥にまみれる「園芸」の時間が、コミュニケーション力やチームワーク力の向上においても一翼を担っていることは間違いなさそうだ。
いちばん印象に残ったのが、金井先生のこんなことばだ。「何より思いどおりにいかないことの積み重ねが、園芸ならではの学びです。日々成長する植物は、こちらの都合で待ってはくれない。指示どおりに作業したからといって、成功するとも限りません。計画どおりまじめに取り組めば、成果が期待できた中学受験を経て入学してきた生徒だからこそ、予想外の失敗や、その結果を友だちと笑い合えることが貴重な経験になるはずです」