WILLナビDUALアーカイブ 私立中高一貫校

知的探究心を源泉とする「真の学力」を
志ある仲間と高め合いながら成長

海城中学高等学校

今年で創立132年を迎える都内屈指の男子進学校・海城中学高等学校。毎年、最難関国公立大学や医学部、海外名門大学への合格者を多数輩出していることで知られているが、近年注目されるのが、国内外の、特に自然科学系のコンペティションで活躍し、グローバルな成果を上げる生徒が続々と登場していることだ。その背景にある「海城の教育」とはどのようなものなのか。校長特別補佐の中田大成先生に話を聞いた。

生徒の知的好奇心を刺激し探究心を伸ばす。外部の活動で数々の成果を生む

校長特別補佐 中田 大成 先生

 首都圏の男子進学校のなかで、年々志願者数が増えているのが海城中学高等学校だ。歴史ある伝統校でありながら、創立100周年を機に未来の社会を見据えた大規模な学校改革に乗り出したことは、中学受験界でも話題を呼んだ。目標に掲げたのは、「リベラルでフェアな精神を持った“新しい紳士”の育成」だ。「新しい人間力」と「新しい学力」をバランス良く育てるため、30年以上にわたり多彩なプログラムを積極的に導入してきた。同校のホームページにある「生徒を知る」を見ると、それらの取り組みの成果として、国際数学オリンピック、国際地学オリンピック、模擬国連大会などでの入賞、名門数学雑誌での論文掲載など、生徒たちの様子が数多く紹介されている。

 今回はそのなかの一人、自然科学系のオリンピックやコンペティションで輝かしい実績を残している、下河邊太智さんにフォーカスしよう。

 下河邊さんが自然科学系のオリンピックで好成績を収めたのは、地学、天文学、地理の3分野だ。最初は2021年、中3の時。中学生総合成績1位に相当する「つくば科学万博記念財団理事長賞」を受賞し、第13回日本地学オリンピックにおいて金賞を受賞した。高1の終わりには日本地学オリンピックで総合成績1位である茨城県知事賞を受賞すると同時に、国際大会である国際地学オリンピックの日本代表にも選出された。

 高2ではついに国際地学オリンピック・イタリア大会で個人成績7位に入り、参加者上位10%に与えられる金メダルを獲得。世界34の国と地域から204名の代表選手が集まり、各国の混成メンバーによる調査・プレゼンテーションや、国別チームで事前実施した野外調査と、その成果のプレゼンテーションなども行われたという。中田先生は「下河邊さんは個人で金メダル、各国混成チームで金メダル、国別チームでも銅メダルを獲得しました。コロナ禍であったためオンライン開催でしたが、国際大会への参加を通じて経験したさまざまな苦労や刺激は、本人のこれからの人生の糧になることは間違いありません」と話す。

 下河邊さんの探究心はまだ続く。高3には日本天文学オリンピックで金賞を受賞し、国際天文学・天体物理オリンピックの日本代表に内定。さらに、地学と親和性の高い地理においても、第17回科学地理オリンピック日本選手権兼第19回国際地理オリンピック選抜大会で金メダルを獲得した。

国内の自然科学系オリンピックで3冠を達成した下河邊太智さん

根底にあるのは「実験・観察・野外実習」。学年を越えて切磋琢磨する環境

 下河邊さんがこのような偉業を成し遂げた背景には、どのような教育があるのだろうか。中田先生は「生徒たちの知的好奇心を刺激する理科教育がベースにあります」と話す。

 同校の理科教育の基盤となっているのは、「実験・観察・野外実習」だ。2021年夏に完成した新理科館「サイエンスセンター」は「建物自体を教材に」をコンセプトにし、建造物の内容や仕組み、効果を「見える化」した画期的な取り組みで、中高の理科教育に新風を吹き込んだ。九つの実験室を備えており、多様な実験を行える充実した環境が整った。中田先生は「本校は実際にものや現象を見たり触れたりすることを重視し、授業では多くの体験を伴った実験・観察を実施しています」と話す。物理ではスピーカーの作成、生物ではブタの各臓器の解剖、地学では地形や地層の野外観察などが行われており、化学と生物では同校オリジナルの教科書を使用。物理と地学は教員が作成した独自のプリントを活用して、仮説を立てて実証するという学習プロセスを大切にしている。

 もちろん、それだけではない。中田先生は「どんな勉強をするにしても基礎学力はとても大切ですが、本人に聞いてみると、ロールモデルとなる先輩や仲間の存在が研究を進めていくうえでとても大きかったと言っています」と目を細める。

 同校にはロールモデルとなる優秀な生徒、卒業生が大勢いる。たとえば、2018年に模擬国連の世界大会に出場し、UNIDO(国連工業開発機関)の部門で最優秀賞を受賞した後、ハーバード大学に進学した山田健人さん。仲間たちと書いた数学の論文が国際数学誌に掲載され、カリフォルニア工科大学に進学した池田隼さんなどだ。2022年には海外大学へ4名が進学し、グローバル化が加速している。校舎には「祝」と入った垂れ幕が下がり、国内外で受賞する生徒たちの名が並ぶ。  先に紹介した下河邊さんは地学部に所属しており、先輩との共同研究も行っている。2021年には日本地球惑星科学連合大会において「新宿区立おとめ山公園における湧出量の変動メカニズムの推定」というテーマで優秀賞を受賞した。一方、先輩とだけでなく後輩と開発した『簡易雲底高度観測機「空扉」』も気象観測機器コンテストでチャレンジ賞を受賞している。先輩や後輩、そして同輩とも刺激を受けながら成長しているのだ。東京大学の総合型選抜ではこれまで9名の合格者を出しているが、そのうち4名が地学部に所属していたという。

2021年の夏に完成した新理科館「サイエンスセンター」

「競技」「探究」「実践」の三つを掲げ、数学への意欲を駆り立てる

 クラブ活動は学校における異世代交流の最たるものだが、同校では学校として取り組んでいるものがある。特別講座「KSプロジェクト」だ。中田先生は「各教科のカリキュラムの枠を超え、学年も超えた生徒の主体的な学びの場です。通常の授業の枠では収まり切らない興味や関心に応え、わくわくしながら学べる場を提供しています」と話す。たとえば「プログラミング講座」「模擬裁判」「SDGsゼミ」などがある。

 ほかにも、「数学科リレー講座」という注目すべき講座がある。毎年夏に数学科の教員の有志が開催する取り組みで、数学史や現代幾何学などをテーマにしている。2019年には「数学オリンピック入門」が始まり、日本代表の選出を目標に掲げていたという。

 その目標は2022年度に早くも達成された。同年度の国際数学オリンピックで、高3の新井秀斗さんが日本代表メンバーに選ばれ、銀メダルを受賞するという快挙を成し遂げたのだ。

 “数学好き”が、さらに数学を好きになる仕掛けはどこにあるのか。同校では、数学科の教育に三つの柱を据えている。まず、数学オリンピックに代表される「競技数学」、近年注目が高まっている「探究的数学」、そして進学を見据えた「実践的数学」だ。これらをそれぞれ別でなく、有機的につなげて教育しているのだという。

 探究的数学への取り組みの例としては、前出の新井さんが所属していた「数学部」の活動がある。数学部は2007年に数学科の教員が中心となって始まったもので、輪講する本を1冊決めて毎週1人ずつ順番に担当部分を発表するゼミを開いている。生徒を幅広く受け入れ、それぞれの興味・関心に即した学習をサポートしているという。  実践的数学では新学習指導要領の開始に伴い、2021年4月に数学科のカリキュラムをリニューアルした。中学の幾何ではオリジナルテキストを作成し、中学受験では「そういうもの」として使っていた定理も、「証明してみよう」と投げかけることで、問題に挑む意欲を駆り立てているという。

論理的・批判的思考力を養う学び舎は、主体性と協調性にあふれている

仮説を立てたうえで「実験・観察・野外実習」を実施。実証するプロセスを大切にしている

 競技系の学習で成果を上げることは、テストで高得点を取る勉強とは別次元のものだ。自分が興味を持った対象に対して探究心を持ち、課題を設定して解決し、その過程を通して論理的思考力や批判的思考力を養っていくという、主体的な姿勢が求められる。また、クラブ活動の仲間や先輩など、さまざまな人のサポートも必要になるだろう。そして、憧れの先輩の成果がモチベーションにもなる。  大規模な教育改革において、目標に掲げた「新しい学力」とは「課題設定・解決能力」、「新しい人間力」とは「対話的なコミュニケーション能力」「コラボレーション能力」を指す。目標が達成されているか否かは生徒たちを見ればわかるだろう。これからの時代が求める“新しい紳士”は、着実に育っている。