高校進学後も中学校の校舎で学ぶ「中高一貫コース」の生徒たち
武南中学校は、サッカーの強い学校と知られる武南高等学校と同じ学校法人が経営する私立中学校として、1963年に高校と同時開学している。
「当時、この近隣地域に私立高校がなかったことから、地元の医師や企業経営者などが出資して、地域の子どもたちをしっかり教育できるような、『限りなく公立に近い学校を作りたい』という強い思いを受けて創設されたと聞いています」と、小松正明校長は説明する。
その後、中学校は1972年に募集を一旦停止するが、高等学校は順調に発展を遂げ、現在では、サッカーだけでなく、陸上や水泳などでオリンピック選手が何人も輩出するようなスポーツ強豪校として、また、難関大学の合格者が多い進学校としても、注目されるようになっている。
その後、AIやICT技術の発展で社会構造が大きく変化し、グローバル化の波が全世界を覆うようになってくると、変化が予測できない時代に活躍できるグローバルリーダーを育成する必要が叫ばれるようになる。その結果、全国的に6年間一貫教育に注目が集まるようになり、公立中高一貫校も誕生。中学受験熱も高まりを見せるようになった。
こうした時代背景を受けて、2013年、完全中高一貫校として、再び武南中学校が開校することになった。
「グローバルリーダーを育成するには、6年間という時間をトータルに生かすことができる一貫校の方が有利といえます。授業時間数も公立の学校よりも多く確保することができますし、入試がないことで、体系的なカリキュラムを編成することが可能だからです」(小松校長)
武南中学校を卒業すると、武南高校の「中高一貫コース」に進学する。とはいえ、隣接する武南高校の校舎で学ぶわけではない。武南中学校の校舎自体が「中高一貫コース」の校舎であり、武南中学校の生徒は6年間同じ校舎で学ぶわけだ。
一方、武南高校には、高校受験組が学ぶ「進学コース」「選抜コース」「特進コース」も設置されている。そのため、どうしても部活動に力を入れたいという生徒には、コース変更も認められている。
なお、「進学コース」と「選抜コース」は週6時間授業、「特進コース」は「中高一貫コース」と同じ週7時間授業のため、現在、武南中学校の校舎では、中学生と、「中高一貫コース」の高校生、「特進コース」の高校生が学んでいる。
「本校には、進学校としての側面もありますが、一方で、地域に根ざした学校でありたいという創立以来の願いも持っています。とくに中学校は義務教育ですから、教員もその点をしっかり認識した上で、最初から先を急ぐのではなく、基礎基本をしっかり身につけて中学校課程を確実に修得させ、時間的なゆとりを生かして先取り学習を行うという方針で教育を進めています」(小松校長)
語学教育を重視し、体験を重視した国際教育も豊富
武南中学校の掲げる教育方針は、「BUNAN Advanced」。生徒全員が先進的なコースで、先進的な教育を創生しつづけることを意味している。重視しているのは、グローバルリーダーに必要な条件として4つの「I」、すなわち①「Innovation(変革する心)」、②「International Mindset(世界を知る心)」、③「Intelligence(豊かな教養を愛する心)」、④「Integrity(人間力を高める心)」だ。
①を実現するため、学習スタイルも大きく変化させた。教員が一方的に授業を行うのではなく、生徒自身が自ら調べ、理解した上で、協働しながらさらに理解を深めていく、いわゆるアクティブラーニングが、全学年、全教科で徹底されているのだ。
②は、グローバル社会で活躍するのに欠かせない。そのため、語学教育と国際教育にはとくに力を入れている。たとえば、英語の学習時間は、公立中学校の約1.5倍の授業時間を確保。しかも、中1からタブレットを使い、プレゼンテーションやディベート、リスニング力を強化している。
「朝学習の一環として実施している毎朝15分の読書を、今年度からは英語の本に切り替える計画です。また、休業日となる第2土曜日以外の土曜日は、授業の時間を除いて、学校にいる間は日本語禁止にして、英語デーにすることも検討しています。」(小松校長)
国際教育は体系化されており、1,2年生の夏休みに「イングリッシュ・キャンプ」を、中2になると、「アジア研修旅行」が行われる。「イングリッシュ・キャンプ」は、外国人の講師を、生徒数人のグループに対して1人の割合で招き、3日間英語漬けの学びを行うことで、外国人の多様な感じ方や考え方に触れていくものだ。
「アジア研修旅行」は、7日間の日程でベトナムとカンボジアを訪問するプログラムだ。英語でのコミュニケーションが当たり前の都市部を経験することで成長著しいアジアの現状を知り、同時に、日本との経済的な格差がある現実を目の当たりにすることで、真の国際感覚を身につけることを目指している。
高1では、「アメリカ研修」を実施。ニューヨーク・ボストンを訪問し、ホームステイ先から現地の高校に通ったり、マサチューセッツ工科大学(MIT)や、ハーバード大学の講義を受けたりすることで、英語圏での生活と学びについての理解を深めていく。
さらに、高2になると、京都・奈良を訪問する「古都研修」がある。修学旅行として行われるものだが、単なる観光でなく、関西の大学に留学している外国人学生を、英語で京都案内する課題が組み込まれている。
「アジアと、先進国の実情を体験した上で、世界的にも関心の高い京都を案内するという双方向のコミュニケーションを組み込むことで、英語の4技能を高いレベルで修得しつつ、国際交流に必要な態度を育んでいます」(小松校長)
集中力を高めるオープン教室で集中力を鍛える
完全中高一貫校として開学するにあたって校舎も一新した。先進的な学びに対応するため、教室のレイアウトも従来の形から大きく変えた。職員室には壁がなく、教室にも壁がない、完全なオープンスペースが基本だ。
従来の教室は、長い廊下の片側、あるいは両側に教室が並んでいるのが一般的だ。しかし、同校の教室は1フロアの4隅に配置されている。中央には、テーブルや席の形を自由に変えられる「ラーニング・コモンズ」が設けられており、教室がその周りを囲んでいるといったイメージだ。
しかも、授業中は、試験時を除き、教室はフルオープンになっている。中央の「ラーニング・コモンズ」に立てば、全ての教室で行われている授業を一望できる。逆に、授業を受けている生徒には、他の教室の声も耳に入ってくる。
「オープンな教室は、教員の授業力を高めるのに非常に効果があります。誰に見られても恥ずかしくない授業を行えるように、教員はしっかりと教材研究を行うようになるからです。生徒も、他の教室の声が聞こえるなかで、目の前の授業に集中することが求められるわけですから、集中力を鍛える効果もあります」(小松校長)
校舎の壁の大部分はコルク板で覆われている。様々な掲示物や成果物を、どんな場所にも掲示できるほか、吸音効果も期待できるからだ。
「こうした教室環境でアクティブラーニングを中心とする先進的な教育を行うため、入学時に全員にタブレット端末を配布し、全教室に電子黒板を設置しています。しかも、教室の壁3面がホワイトボードになっているため、グループ学習の成果を書き込み、議論を深化させることもできます」(小松校長)
このようにICT環境が充実しているため、今春のコロナ休業中も、同校の生徒たちは年度当初から課題配信やオンライン授業を受け続けることができた。
少人数教育の良さを最大限に生かしたきめ細かな進路指導
4つの「I」の残りの2つ、③、④については、カリキュラム全体、あるいは学校生活全体を通して育むことになるが、フィールドワークや体験を重視した教育も、大きな効果をあげている。たとえば、校外学習として、歌舞伎やオペラ、能楽、文楽などの日本の伝統芸能を鑑賞するほか、それぞれの専門家を学校へ招き、直接教えてもらう機会も豊富にある。
また、理科や社会科のフィールドワークでは、教科学習の一環として、校外の様々な施設を訪れたたり、専門家へのインタビューを通して、実社会との関わりを学んでいく。検事を招いての模擬裁判や、税務署職員による納税講座など、特別講座によってキャリア意識を高めることにも力を入れている。
「こうした『本物』や『実物』に触れる教育を通して、豊かな人間性や幅広い教養を身につけてもらうきっかけにしてほしいと願っています」(小松校長)
さて、武南中学校の最大の魅力は、少人数教育に尽きる。どの教員も、すべて生徒の顔と名前を一致させることができる。毎週「中学校会議」を開催し、すべてのクラスの状況を全教員が共有できているため、どの生徒に対してもきめ細かな対応を行うことが可能になっている。
大学受験を見据えた指導でも同様だ。学力向上のために、校務分掌や部活動を担当しない特任教員を採用し、生徒の個別の質問や疑問に対応する体制を整えているほか、長期休暇中の講習も充実させ、個々の状況に応じて学力を伸ばすことができるシステムを組み立てているからだ。
「7時間授業と部活動を終えて帰宅すると、夜勉強する時間が少なくなる生徒もいます。ですから夜は早く寝て、その分早く登校し、学校で自習することを強く勧めています。『中高一貫コース』の生徒には、より高い目標に向けて、切磋琢磨できる環境を今後もしっかりと整えています」(小松校長)
中学受験では、何よりも子どもが通いたい学校に通わせることが大切であり、きめ細かな6年間一貫教育に魅力を感じる保護者にとっては、武南中学校は有力な選択肢の1つになるにちがいない。
「入試の成績自体は、あまり気にしていません。本校の教育環境と、カリキュラムを通して大きく伸ばすことができると自負しているからです。私自身が面接を行う入試を実施しているのも、少しでも伸びる可能性のある子どもを入学させたいと思っているからです」(小松校長)
まったく新しい学びのスタイルで大学進学実績を出しはじめた武南中学校は、今後、大きく発展していくことが期待される学校の1つとみていいだろう。