学校文化・資産を守りつつ、共学校として新たにスタート
この春、共学化という大きな一歩を踏み出した品川翔英中学校・高等学校。共学第一期生として中学45人(うち男子24名)、高校277名(うち男子151名)と、当初の想定を大幅に上回る新入生が入学している。共学化に伴い、男子サッカー部、男子バスケットボール部、陸上部などの新しいクラブも創設された。
「改革はどんどん進めていきますが、長くこの学校で活躍してきた先生方と共に、小野学園らしい穏やかで優しい校風はしっかり守っていくつもりです。歴史に裏打ちされた文化に、新たな方法論をインストールしたいと考えています」
そう語る同校・校長の柴田哲彦先生は、これまでさまざまな学校で教育改革に取り組んできた「現場派」の教育者だ。その経験を生かし、教科教育の専門家をアドバイザーに起用したり、社会の一線で活躍するビジネスパーソンとの接点を増やしたりするなど、外部からの風を積極的に取り入れる一方で、これまで校内で「当たり前」とされてきた良さを再発見するのも自分の役割である、と述べる。
「幼稚園と小学校が併設されていて異世代が自然に交流できる環境をはじめ、都内でいち早く整備された室内温水プール、大切にメンテナンスされている天然芝グラウンドなど、誇るべき資産は本当に多い。こうした長所がより活用できる方法をしっかり考えていきたいと思っています」
加速化するICT化、より密度の高い授業を展開
新体制始動のタイミングで折しも新型コロナウイルス感染症が拡大し、3か月にわたる休校を余儀なくされるという波乱のスタートになったが、「よい影響もありました」と柴田先生は明るく話す。
「今年度の新入生からiPadを全員に支給するなど、もともと今春からICT化を一気に進める計画でした。これがコロナ禍に重なり、想定以上のスピードで進展したのです。教員も生徒も休校というリセット期間があったおかげで『新生・品川翔英』をかえって明確に意識できたと前向きに捉えています」
休校中は、リモートでの課題出しに始まり、アーカイブ型の授業動画の提供、リアルタイムのリモート授業やホームルームの実施、といった形で段階的にオンライン教育を進めてきた。そして、6月に登校が再開されてからは、ICTをフル活用したリアル×デジタルのハイブリッドな授業へスムーズに移行している。
「電子黒板やタブレットを使えばプリントの配布・回収や板書にかかっていた時間が大きく節約できます。その分、ディスカッションや思考に充てる時間が増え、授業の密度が高まりました。意見交換するときも、挙手した生徒の発言だけでなく、全員の意見を画面上に一瞬で表示することができ、多様性が可視化されます。より本質的なアクティブラーニングが可能になったと思います」
英語教育においても、オンライン英会話や、英語学習アプリを導入するなどICT化を推進。コロナ禍の影響で海外研修などの実施は不透明な状況だが、5人のネイティブ教員が新たなプログラムを次々に考案しており、山梨県に所有する山中湖セミナーハウスを使ったイングリッシュキャンプも計画中だという。
校則撤廃、定期考査廃止など「自主的な学び」のための仕組み
品川翔英が掲げる校訓は「自主・創造・貢献」。これを体現するために、あえて廃止したものも少なくない。その筆頭が校則である。
「自主を謳うのですから、もう画一的なルールで縛るのはやめようということです。学校でスマホを使ってもいいし、服装も髪の色も制限しません。といっても、野放図を許すということではありません。TPOをわきまえて、自分で考えてほしいのです。これからは、生徒の行動や訴えがどんなものであれ、学校側がルールを盾に頭ごなしに否定することはありません。その代わり、どうするのが一番いいのかを一緒に考え、前向きに新たな学校文化を共創したい。校則撤廃には、そんなメッセージを込めました」
同様の考えに基づき、朝礼も廃止された。生徒たちは登校後、授業開始までの時間でその日の計画を立てたり、教員に質問して学びの準備をしたりするなど、自由に、そして自律的に過ごす。クラス担任を廃止して学年単位の共同担任制を導入したことも、生徒と教員の自由なつながりを広げるための試みだ。
さらに、定期考査を廃止し、よりサイクルの短い「単元テスト」へ移行するという大きな変革にも踏み切った。
「狙いは、学びを『スモールステップ化』し、一人ひとりの学習到達度をきめ細かく把握し、着実に習得させることです。従来の定期考査の場合、学習範囲は1か月半ぐらいに及びますが、教科ごと、単元ごとにテストすれば、範囲は2週間ほどになります。その分、学習成果をこまめに振り返ることができるので、どこでつまずいたかが明確になり、容易にリカバリーできるのです。たまたま部活が忙しかったとか、ゲームのし過ぎで生活が乱れたといった学習以外の要因も特定できます。逆に、単元単位でしっかり結果が出せている生徒は、上位の課題に取り組んでより学びを深められます。また、試験休みがないので部活などのアクティビティが止まらないというメリットもあります」
「変わりたい」子どもたちのために安心して失敗できる場所に
評価の方法も変わった。授業中のコミュニケーション、積極性、意欲、協働する力といった、これまでは評価しにくかった非認知能力を測るために学校独自のルーブリックを導入し、数値化して評価できるようにしたのだ。これまでのように教員から生徒へ一方的に知識を授けるのではなく、互いに磨き合い、高め合う授業への進化といえるだろう。
こうした改革の先にあるのが、授業を受けさえすればいい「履修主義」から、本当に力をつけることを重視する「成果主義」への転換である。
「改革でしっかり成果を出すためには、私たち教員も変わらなくてはいけません。学びの基礎体力をつけるために最も大切なのは、『できない』という思い込みをなくすこと。子どもたちの本来の力を引き出すために、まず教員が子どもたちと信頼関係を築き、対話や交流を通じて、未来を信じてもらうこと、夢を持ってもらうことが大事です。一方的に教えるのではなく、支え、刺激し、未来を一緒に探る存在にならなくてはいけません。そのために、私たちも学び続けます」
柴田先生が考える学校の役割とは、「安心して失敗できる場所」になることだ。
「挑戦には失敗がつきものですから、子どもたちにはどんどん失敗してほしい。学校には、それを受け止める優しさと包容力が求められます。品川翔英は、子どもたちの将来の道を一つに限定せず、複線化するためのサポートをしていきたい。そして、変わりたい、成長したいという子どもたちを全面的にバックアップできる学校になりたいと思っています」
今、まさに現在進行形で「未来の学校づくり」に取り組む品川翔英中学校・高等学校。同校の今後の進化に期待が高まっている。