「自由・自主・自律」を教育理念にアンサンブルを重視
音楽をはじめとする芸術の世界では、何よりもオリジナリティが求められる。オリジナリティを発揮するには、自由な発想、自由な精神が必要になる。しかも自分勝手な自由ではなく、他者を尊重したうえでの自由でなければならない。
そのため同校では「自由・自主・自律」を教育理念として掲げている。また、自分の自由と同時に、他者の自由をも尊重するため、同校ではアンサンブルを意識した取り組みを行っており、「アンサンブルのくにたち」との評価も得ている。
「アンサンブルは音楽だけのものではありません。世の中の仕事はチームでやることがほとんどで、そこには調和(アンサンブル)が必要で、一人ひとりに発信力や表現力、理解力、傾聴力、さらには感受性や協調性が求められます。音楽によって育まれる情緒や感性などを土台に、本校ではこうした力を育んでいます」とピアノ担当の菊地珠里先生は語る。
音楽コースのカリキュラムには、「レッスン」「ソルフェージュ」「創作」などの科目が特別に用意されている。とりわけ、毎週1時限ずつあるレッスンは、一流の演奏家である先生に1対1で指導を受けられる音楽コースならではの授業だ。
曲想を捉えて演奏することを学ぶピアノのレッスン
附属高校音楽科1年のK.Aさんは、3歳からピアノを始め、幼稚園からずっと国立音楽大学附属で学んでいる。個人レッスンが楽しくて仕方がないという。
「レッスンでは、曲ごとに、たとえば『ここにクマさんがあらわれて……』などとストーリーを作っていくのですが、そうすると、曲想がはっきりして弾きやすくなります。言葉で伝えにくい場合、先生は全身を使って私が理解しやすいように教えてくださいます」(K.Aさん)
先生から出された課題を1週間練習して、次のレッスンに臨み、評価やアドバイスを受けて、次の課題へ……。こうしたレッスンが3年間、高校まで進めば6年間、毎週続く。実技試験は年2回。課題曲を演奏し、その結果でA~Lまで12段階のグレードが決まる。
中1からK.Aさんを担当している遠藤志葉先生(ピアノ)は、次のように評価する。
「最初は他人からの評価を気にして、表現が小さくなってしまうところもありましたが、最近は自分の表現に自信を持って楽しむ余裕が出てきました。より専門的に楽譜を読みこなし、こちらが驚くような個性的な発見をすることもしばしば。成長ぶりを実感できます」
イタリア語の勉強も必要な声楽のレッスン
同級生のT.Tさんも、幼稚園から国立音楽大学附属で、中学に入る段階で声楽を選択した。幼少期からミュージカルの教室などに通っていて、歌が好きだったからだ。
現在、T.Tさんはイタリア歌曲を習い始めているという。イタリア語の発音を調べ、意味を調べたうえでレッスンに臨むことになる。
「歌詞や曲調などから、自分なりに情景を思い浮かべて歌うのですが、感じたものによって歌が変わっていくことが、とてもおもしろいと思っています。息の使い方もわかるようになり、高音が出るようにもなりました。レッスンのおかげです」(T.Tさん)
中高生はまだ成長期にある。そのため、声楽では、のどに負担のかかるオペラのアリアなどを歌うことはなく、声の出し方や体の使い方を中心に教えている。
「人の気持ちがよくわかる生徒で、歌詞の内容などに共感する力もとても豊かです。まだ1年ほどしか担当していませんが、ずっと付き合っているような気がします。人の心に自分の気持ちを寄せていけるような人になってくれると思います」と、T.Tさんを担当する枝並雅子先生(声楽)は語る。
全員が1人1曲オリジナル合唱曲を創作し、優秀作品を演奏
中学の音楽コースでは、3年間の総仕上げとして、合唱曲を創作する。「ソルフェージュ」の授業で聴音や和声などを学びながら、「創作」の授業で、1年は短いメロディ、2年は変奏曲や単旋律の歌曲、3年になると歌詞もメロディもすべてオリジナルな創作合唱曲を作ることになる。
「映画やドラマが好きなので、頭の中で映画を作り、映画の最後で流れてほしいと思える曲を作曲しました。でも、歌詞がなかなか書けません。言いたいことはたくさんあるのに、メロディと合わなかったり、一番言いたいことが曲のサビの部分にこなかったりと苦労しました」(K.Aさん)
「私は、最初に歌詞ができました。曲の全体の印象は頭の中にあるのですが、どんな音から始めたらいいのか、どんなリズムにすればいいのかなどに迷ってしまい、ピアノを弾いてメモをとり、また弾いてメモをとり……の連続で、何とか仕上げていきました」(T.Tさん)
いちばん難しかったことを聞くと、「きれいなハーモニーにすること」と2人は声をそろえる。もっとも、ハーモニーのつけ方もそれぞれ違った。
K.Aさんは、自宅でまずは1つのパートを弾いてスマホに録音し、次にそれを再生しながら次のパートを弾いて検証し、最後に3声を合わせて全体のバランスを見るといった方法だ。T.Tさんは、学校の「創作」の時間に友だちに協力してもらって、友だちの弾いた和音に合わせて、自分がメロディを弾きながら、響きを確認していった。
合唱曲を弦楽アンサンブルとして卒業式に演奏
こうして全員が作った合唱曲の中から、毎年優秀曲が4曲選ばれ、全校生徒が卒業演奏会で合唱する。だが、昨年はコロナ禍で合唱ができなくなったため、優秀曲6曲を、声のパートをヴァイオリンで演奏する、弦楽アンサンブルとして、卒業式に演奏することにした。
K.Aさんが作った「なないろ」も、T.Tさんが作った「約束」も優秀曲に選ばれ、卒業式では、自ら指揮した。
「演奏してくれる人に、自分が想像している雰囲気を伝える難しさを痛感しました。演奏は、きれいなのですが、もう少し、ここをこうしてほしいということをうまく伝えられなくて……。でも本番は感動しました」(K.Aさん)
「練習のときにリズムがなかなか合わなくて、何度も練習した甲斐があって、本番はすばらしい演奏になったと思います。自分が作った曲を人に演奏してもらう機会なんて、もうこれからないかもしれません。とても貴重な時間でした」(T.Tさん)
同校で学ぶ生徒は、全員が演奏家としての道に進むわけではない。2人もいわゆるプロをめざしてはいないという。しかし、同校での音楽を通した教育は、その人生のいろいろな場面で役立つことになるはずだ。